プロフェッショナル仕事の流儀に出演で話題の時計職人・松浦敬一さん。

どんなに修理困難な時計も直してしまうと有名な松浦敬一さんが営む新光時計店のことや家族についてなど経歴やプロフィールとともに調べてみました。

松浦敬一さんのプロフィール

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松浦敬一(まつうらけいいち)さんは、1944年、広島市呉市に生まれます。

松浦敬一さんは1858年に創業した新光時計店という時計店の4代目です。

松浦敬一さんは、5歳の頃から、2代目の祖父に連れられ、大阪の仕入れなどに同行して過ごしていたそうです。

小学生の頃から手先が器用だったようで、見習い職人よりも時計の分解が上手だったのだとか。

松浦敬一さんは、高校を卒業後すぐにお店で働きはじめ、「世間に認められる時計屋になりたい」という思いで働き続けてきたのだそうです。

現在は、「神の手を持つ」「伝説の時計店」と言われ、全国から修理の以来がくるほどの腕前ですが、小さい頃からの才能と努力の賜物なのですね。

新光時計店の歴史について

新光時計店は、広島県大崎下島にある150年以上つづく老舗です。

創業者は、松浦光次郎(みつじろう)さんという方です。

新光時計店の前身は米問屋だったそうですが、時代の流れから、米問屋を辞め、「各国時計販売所 松浦商店」として、時計の販売を始めたのが、新光時計店の始まりだそうです。

昭和初期に、「新光時計店」と名前を変え、現在は時計の修理を中心に店を営んでいるそうです。

しかし、時計の修理代は決して高いものではなく、儲かる仕事ではないそうです…(´・ω・`)

しかし、松浦敬一さんは、「お金よりも修理できるかどうか、修理出来た時の感動がたまらない」と、お店を続けているそうです。

お金よりもやりがいという、これが日本の職人なんだなぁと思います。

松浦敬一さんの家族について

松浦敬一さんは新光時計店の4代目ですが、2015年現在70歳になられて、お店の跡継ぎがいらっしゃるのか、気になるところですよね。

そして5代目の跡継ぎはすでに決まっているのだそうです。

5代目は、松浦敬一さんの息子さんで、元は自動車メーカーのサラリーマンとして働いていたそうです。

現在、目下時計の修理の修行中とのことで、父である松浦敬一さんの後を継ぐというプレッシャーは想像を絶するものではないかと思いますが、代々続いてきたお店の血を受け継いで、きっと才能もおありなのでしょうね。

そんな新光時計店の松浦敬一さん、時計の修理をする際は、鍵をかけ、電話の線を抜き、一切の邪魔が入らないような環境を整えてから、修理にとりかかるそうです。

その他、修理依頼の時計には、必ず持ち主の手紙が添えられているそうで、その手紙に綴られている持ち主の時計に対する思い出などを、松浦敬一さんは心に刻みつつ、修理にとりかかるのだそうです。

そんな気持ちのこもった仕事をされる松浦敬一さん、本当にプロフェッショナルな方なのですね。

大事な時計の修理の際には、松浦敬一さんに頼みたいと思いました。

新光時計店のHPはこちらからご覧ください。

以上、松浦敬一さんについてでした!